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鳳停寺


大雄殿 : 鳳停寺の大雄殿の建築年代は詳しい資料が残ってなく正確な年代は知らぬが、一部を解体修理の際に墨書が見つかり推定が可能である。現存する斗栱(ときょう)様式の中では最も古い建物で建築文化の面から大変大事な建物である。国宝311号。

大雄殿の側面 : 屋根は入母屋屋根で、軒の深さが深い。軒は法隆寺の金堂のように目立つ二重ではなく、隠れた二軒である。とても素朴だがむさ苦しくなく、優雅だが奢侈多らしくない建築物だな!!と感動、しばらくこの側面を眺めていた。やさしい、芸術性の高い。癒される。

大雄殿の前の階段。階段の両方に溝萩(みぞはぎ)の花が綺麗に咲いている。このお花は韓国では『ブチョッコッ』と言うお花。これは『ほとけ花』と言う意味なのでおそらくここに植えてあると思う。素朴で優雅で日本の侘び、寂が見えてくる。この写真はまたとない写真。現在はお金掛けて修理した。

幢竿支柱 :   幢竿支柱というのは仏と菩薩、僧侶の公徳を讃えるための旗をかける旗竿を固定する支柱を言う。お寺の入り口又は大雄殿の前にある。韓国のお寺にはほとんどのお寺に設置されているが日本のお寺では見た覚えがない。

建築の知識がなく詳しい案内は出来ませんが、二軒の確認が出来、垂木の一つにまで丹青をした址が見える。朝鮮半島最古の斗栱(ときょう)様式も確認することが出来る。

大雄殿の内部は板張りの床を敷いて、高い柱を利用して仏像の後ろに壁を作り、その前に仏壇を組んで仏像を奉った。仏壇は150cm程度、仏壇の上に蓮華座を置いて三尊佛を奉安した。主仏である150cmの釈迦牟煮佛は中央に、脇侍菩薩の観世音菩薩と地蔵菩薩は高さが130cm程度である。

鳳停寺が今度の世界遺産に選ばれたのは、その歴史性と丹青美術の優秀性が高く買われたからである。丹青とは建築の木材を雨風と病虫害より保護するための塗装工事である。丹青は陰陽五行思想に従った基本的に五方色(東西南北中、青赤黄黒白)を配合後使用する。顔料は天然の顔料を使う。例えば黒は松ノ木の脂を焼いた煤(すす)を、白は貝の粉を膠(にかわ)と混ぜ、緑は緑の岩石の粉を使ったりする。

鳳停寺は外からの外観だけでは、むさくるしい面もありますが、大雄殿の中に入る瞬間開いた口がふさがらない丹青芸術にぶつかる。多様な紋様と記号が描かれて、それひとつひとつを感想する始終、感動し続ける。両側の柱には龍の紋様が描かれているが、今でも昇天するような生動感に満ちている。

多様な紋様と記号が描かれているが、このような丹青は現世の安寧と健康を、天世では安楽と平和を祈願する意味が含まれているそうである。鳳停寺の丹青は繊細で精巧だけでなく、技術と芸術の面でも優れている。800年を毀損されなく保たれた文化遺産を大事に大事に子孫に継がれるべきである。

萬世楼 : 楼門は大体に2階に建てて、下の階は寺刹の中庭に通る通路としての役割をする。上の階は山寺の展望を感想したり、四物(木魚、雲板、梵鐘、法鼓)をかける鐘楼や鼓楼の機能をしたりする。自然石の基壇に自然石の基礎石の上に柱を立てた。

極楽殿: 現存する木造建築の中で、最も古い建物である。自然石の基壇の上に正面3間、側面4間の切妻造りの天竺(柱心包)様式の建物である。高麗時代の建物であるが統一新羅時代の建築様式を見せている。13世紀の遺構で1974年に補修。国宝第15号。

極楽殿の側面:13世紀の遺構で庵室型の建物、壁が土壁で密閉され、わざと作った門には二枚の板を使い扉をかけた。天竺(柱心包)様式で軒は二軒である。その構成が簡潔で美しい建築美をもっている。他のお寺ではなかなか見れない 特色のある建築様式である。

極楽殿の阿弥陀仏 : 殿閣の真ん中に移動式の仏壇を設置、その上に阿弥陀仏を奉安している。左右脇侍菩薩は奉っていない。100cm程度の阿弥陀仏を奉安しているが、仏壇の後ろにある仏画は本尊佛の阿弥陀仏と左右脇侍菩薩である観世音菩薩と大勢至菩薩描いた阿弥陀三尊の形式をとっている。本尊佛の頭光の左右に阿難尊者(十大弟子)と迦葉尊者(18羅漢)の上半身が表現されている。

極楽殿の中の丹青: 鳳停寺は最近は道路事情が良くなり、簡単にこれますが、朝鮮時代にはとても辺鄙の地で戦争などの被害がなかった故に韓半島で最も古い建築物が残っている。今、見ている丹青も韓国最古の建物の中に施されている丹青なので、韓半島で最も古い丹青になるわけである。

極楽殿の外部の丹青。

極楽殿の正面にある高麗時代の石塔。

霊山庵 :『達磨(ダルマ大師)が東に行ったことは』と言う仏教映画の撮影場所で有名だが、それより韓国では韓国的な特徴を誇っているお庭としても有名である。わざと仮の山を作って、怪石と曲がった松の木を植えたり、いろいろのお花、観賞樹を植えたりしている。色んな感情の表情を表していながらも、日常の安楽が損なっていない。参禅房なので誰も案内してくれないので、チャンと覚えて寄って見るべき。

雨花楼:霊山庵は古くて古臭い雨花楼の下の門をくぐって中に入れるようになっている。雨花楼の雨花は仏様が説法をする時に花の雨が降ったということから出た名前。小さい門を通って直行するよりは、入る寸前に中の庭を除いたら一味違うお庭の美しさが発見出来る。

関心堂から眺めた松岩堂、三聖閣、応真殿『羅漢殿』とお庭がほとんど見える。

応真殿『羅漢殿』 釈迦牟煮を中心に左右に阿難と迦葉を脇侍にして、羅漢像、梵天と帝釈天を一緒に奉安している。

三聖閣:山神、七聖、独聖を奉安している堂宇。財物、寿命、福を管掌する存在で伝統信仰と仏教の習合現象が見える。山神は仏教とは関係のない土着神(山神霊と虎)、七聖は北斗七星の意味だが天界の主君で人間の福と寿命を管掌する(仏様に化した仏画)、独聖は16羅漢の一人だと推測している那般尊者(ナバンゾンジャ)が聖人になり、衆生に福を下さる。

安東泥川洞石仏像:宝物115号、これが公式の名称だが、朝鮮時代にジェビ院(ツバメ院)と言う駅院(旅館)があったことから『ジェビウオン石仏』と呼ばれていた。大きい岩を体にして、その上に頭像を彫刻して乗せた。礼拝のところが大きい岩と岩の間にある。韓国の巫俗(巫女の風俗)の歌の中で、“神の本郷がどこか?”“慶尚道 安東のジェビウオンが本郷のはず”くらいの格の高い神であった。